“「中身の足りなさを隠すために使用されるカメレオンのような言葉だ」と、バークン氏。”
“訃報のお知らせ
みなさん、こんにちは。 長らくごぶさたしておりました。 突然ですが、私はこの度、死んでしまいました。”
“本当にやばいのはこっちでは→「一方、同乗していた少年の遊び仲間2人は事故後も携帯電話で話をするなど平然とした様子だったという。」”

昔、伊集院静さんがふらっとやって来て私に言った

「ようーサイバラ、人って死ぬよなー。」

「そーですねー伊集院さん、人って死にますよねー。」

そっから次が出なかったですが、
赤ちゃんを抱っこしてる子供らを見ると、また思う。


でもまた生まれますね。

“「みんなと同じ道」を歩めない人は、自然と日本ではマイノリティになる。勘違いした妙な噂をたてられることもあれば、とんちんかんな説教も受けるハメになる。理由は「みんなと違うから」である。”
“そうなんだよ、時代が違うんだよ。 だから、自分と違う時代に生きてる人のことを「自分と経験してることと違う!」という理由で怒るのはやめましょうね。”
“しかし死刑が確定すれば、更生(社会復帰)の機会はなくなる一方、国家が人の命を奪う死刑の対象が誰なのかは重大な社会的関心事となります。”

初代iPodが出たとき、ぼくは、松下のSDプラットフォームチームにいた。当時、松下は本気でSD-AUDIOを開発していたので、iPodは正直、おどろいた。

松下などのSD陣営はデータが消えにくく、著作権保護が可能なSDカードとその周辺の開発で、すでに数百億円以上つっこんでいた。他社と調整して SDMIなどの世界標準規格もたくさん作った。すごい時間とカネをかけて著作権保護と暗号化と静電気に強いカードとフォーマットを開発していた。その前に 出したスマートメディアやMMCが静電気に弱くデータが消えることが多かったからだ。一万回SDカード抜き差しテストなどが普通に行われていた。もちろ ん、メモリースティックも同様の状況だったと思う。

だから、ハードウェア担当たちは、急に出た初代iPodの発表を聞いて、びっくりした。「ハードディスクなんて、不安定なモノでどうやって、データを消えないようにしとるんや?加速度センサーで衝撃や落下を事前に検出してシークをはずしたりしとるんか?その割には安すぎるし、それでデータ保護も完璧にはでけへんやろし…。」

iPodの発売日、ハードウェア担当たちは、恐る恐るiPodを分解した。Appleはどんな衝撃対策やデータ保護対策をしているのだろう…。どんな未知のテクノロジーを使ってユーザーのデータを保護しているのだろうか?

結果は…iPodの中に裸のハードディスクがゴロンと入ってるだけだった。加速度センサー?そんなものは微塵も無かった。衝撃対策は、ゴムみたいな何かを挟んでる以外は何もしてなかった。「データは消えても知らん」という設計思想だった。実際、iPodはデータが飛ぶことがあった。

iTuneも著作権保護もぐだぐだで、国内メーカーがこぞって進めていた「自称」世界標準の著作権保護規格であったSDMI規格も100%無視されていた。CDに焼いたり複数のiPodにコピーできたりなんでもアリすぎて、これもびっくりした。

ハードウェア担当が言った。

「こんなん、ウチではだされへんがな。」

iPodが売れるに従い、我々がこだわっていたことは一体なんだったのかと思うようになった。

“今、日本社会が直面しているのは一種の撤退戦です。国際競争の中で負けた部分を放棄しながら、何とか生き残るために必死に戦うというのが、現在の「大人」の姿ではないでしょうか? そこには豊かさの中で変化を圧殺し続けた1990年の時点での「大人」のような罪深さはないように思うのです。今、必死で生きている日本の「大人」に対して、日本の若者に「反抗せよ」というのは正義ではないと思うのです。”